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談話室

兵藤 力一「留学生に日本語を教えて」

 今私は週3~4回日本語学校で留学生に日本語を教える仕事をしています。おなじみのない方が多いと思いますので、少しご紹介したいと思います。

 50歳代も半ばに差し掛かった頃、第二の人生をどのように送ろうか、具体的に考えるようになりました。できれば海外、それも途上国に何らかのかかわりのあることをしたいと思いましたが、事務屋の私には、技術系の方々のように、外国で技術指導をすることなどできません。そんなときに、日本語教授の仕事なら、海外に行っても国内に居てもできるのではないかと考えたのがきっかけです。

 日本語教師になるためには、次の3つの条件のうち、1つを満たすことが必要ということになっています。(あいまいな言い方をするのは、教員免許のようなものがなく、これにあてはまらない人も存在する余地があるからです。)
 ①大学で日本語教育を主専攻または副専攻
 ②大卒者が民間の日本語教師養成420時間講座を修了(内容は①に相当)
 ③日本語教育能力検定試験に合格(学歴不問)
私の場合、②と③をクリアして一応有資格者になっています。

 日本語学校で授業を始めてみて「これはとても長い間続けられない」と思いました。教える内容が特別難しかったわけでも、学生諸君に反逆されたからでもありません。1コマ45分X4コマすなわちほぼ半日を、休憩時間以外立ちっぱなしで、結構動きもあって、しかも大きな声で話さなければならないため、腰は痛いわ、喉は嗄れそうになるわで、会社勤めのほうがよっぽど楽だ(?!)と思ったものでした。しかし、不思議なものでいつの間にかそれにも慣れるようになりました。

 とは言っても、授業だけすればいいというものではありません。宿題ほか学生の提出物のチェック、翌日以降の授業の準備、テストやプリント類の作成、学生の進路指導等、授業以外にやることはいくらでもあります。さらに時々実施される学校行事へも参加しなければなりません。いきおい「萬里」への参加も毎回というわけには行かず、「反省」不足の日も出てくることになります。

 さて、今日本には大学院・大学・専門学校・日本語学校等に約210千人の留学生がいます(平成27年5月現在)。このうち日本語学校にいる学生は約56千人で、日本語学校終了後、専門学校や大学に進学を希望する学生がほとんどです。日本は自国語で高等教育を受けることができる大変恵まれた国(自国民にとっては)ですが、留学生にとっては日本語という世界的にはポピュラーとは言えない言語を学ぶことが必要条件となります。
 日本語の発音や文法は、他の言語に比べて特別に難しくはないと言われています。特徴的なものとしては、
 ①文字表記の体系が複雑(ひらがな、カタカナ、漢字、音読み・訓読みなど)
 ②敬語が難解であること
 ③擬音語・擬態語が多彩であること  などがあげられ、
これらのことから、多くの単語を覚えることが必要不可欠になってきます。

 1,000語で一般的なコミュニケーションに必要な語の何%を占めるか調査したデータがありますが、英語・フランス語・スペイン語では80%以上、中国語・韓国語でも75%程度であるのに対し、日本語では60%程度に過ぎず、80%に達するには4,800語程度必要とされています。
学生諸君は、これら文字・語彙のほか、文法、読解、聴解など日本語能力試験科目を中心に頑張って勉強に取り組んでいます。(そうでない学生もいますが)

 最近は以前圧倒的多数を占めていた中国や韓国からの留学生のウエイトが下がり、母国で漢字を学んだことのない学生が急増しています。私のいる学校では、ベトナム、ネパール、ロシアなどの学生が増えており、皆頑張っていますが、漢字には苦戦しています。

 今教師として最大の悩みは学生たちの進学先の確保です。日本語学校の学生数はここ3年で2倍以上になっており、大学や専門学校も定員を増やしていますが、進学は年々厳しくなっています。従来なら年末ごろから動いていた進学も、今は秋になったら具体的に行動しなければなりません。我々も上級学校への「推薦書」を毎日のように書き、合否に一喜一憂することになります。
2,3年前なら推薦書をつけて受けさせたら大抵合格が得られたのですが、最近は競争率が高くなってそれは夢のまた夢になってきました。
複数の学校の出願、試験、発表、入学金支払いの締切などのスケジュールをダイヤグラムのように書いて(これは留学生諸君が苦手とするところです)、受験指導をする日々がもうすぐやってきます。

 この仕事をして良かったと思うことは、何と言ってもまず諸外国から来る若い人たちと日常的に接することです。授業や進路指導のように具体的なことだけでなく、毎日の挨拶や雑談の中でお互いに刺激を与え合い、我々高齢者にとっては、はやりの表現を使えば、「元気をもらう」ことができます。親しくなったら「先生、昨日も秋葉原で飲みましたか?」などという会話も出てきます。また、街で卒業生に「先生!」などと呼びかけられるのも楽しいものです。

 さらに同僚の先生方も、私と同じような高齢者も少なくありませんが、やはり若い、しかも女性の多い職場で、そういう先生方と上下関係のない仲間として(年齢にはそれなりの敬意を払っていただいていますが)、チームを組んでクラスを担当することは、責任も伴いますが、とても気が若くなるのを感じます。そんなわけで、しばらくはこの仕事を生活の中心にして、前期高齢者生活を送っていきたいと思っています。