先日、全日本合唱連盟の「ルネサンス・ポリフォニー選集」出版記念コンサートに誘われ、晴海の第一生命ホールまで雪の中を出かけていった。15世紀イギリスのダンスタブルから16世紀スペインのビクトリアまで、合唱コンクール課題曲に選ばれた曲を、混声及び同声合唱の曲集にまとめた楽譜が出版された。その発表記念として、名手といわれる合唱団が名曲の演奏を担当するというものだ。
ポリフォニーとは、多声音楽と訳されるが、正確には多旋律音楽と訳するのが相応しい。我々が普段親しんでいるトップやソプラノに旋律が来て他がハーモニーを付ける形の音楽は同じ多声音楽でもホモフォニーといい、縦がそろった(ホモ=同一の)音楽であるのに対し、ポリフォニーは、フーガ(遁走曲)やカノンに代表されるように、あるパートが主旋律を歌い始め、次が4度下あるいは5度上から旋律を追いかけ、また次が、主旋律を再現するというように、旋律が基礎になり音の重なりが和声の変化を生む。同じ多声音楽でも、それぞれのパートが独立した旋律を歌い、同時に縦の関係で和声を形作ることが最大の特徴であり魅力だ。ポリフォニーの終結部分にはホモフォニーを用いた終止も多用されるようになり、さらにベネチアのサンマルコ大聖堂の大きな空間を利用した二重合唱様式、主旋律と通奏低音にハーモニーを合わせるバロック様式へと変化していく。
第一生命ホールでは、16世紀までのポリフォニーばかり18曲を一気に聴いたが、混声もあれば同声合唱(女声または男声)もあり、退屈するどころか珠玉の作品の端正な響きと密度の高い表現に圧倒されっぱなしだった。印象に残った団体は、金川明弘指揮の首都大学グリークラブ、岸信介指揮の東京ウィメンズ・コーラル・ソサイエティ 松村努指揮のコンビニール・ディ・コリスタの三団体。特に最後のコンビニは、昨年度全国合唱コンクールのグランプリ団体なのだが、圧倒的な素晴らしさに耳が洗われる思いをした。歌われたビクトリアのO Magnum Mysteriumとはキリスト生誕の秘跡の意味、冒頭のO Magnumの五度音程に続いて五度下から始まる対旋律と、先行パートが作る五度の響き、Mysteriumの神秘を表現する半音進行での五度が、いずれも平均律より僅かに広い完全5度の明るい響きで意識的に作られ、進行に合わせて絶えず耳で響きを合わせるのを目の当たりにした。
我々の男声合唱においても、ベースとセカンドによるオクターブ、ベースとバリトンの5度が響きを形作る根幹であり、特にベースとバリトンのつくる5度が響きを決めるのだが音程がぶら下がり気味のことが多い。耳からより美しい響きの音を自ら探し求められる(これを「耳を開く」といいます)よう、和声を聴きながら歌う練習を取り入れたいと思う。デュオーパのミサではポリフォニーで書かれた部分がほとんどないのが残念。
余談だが気に入った残る二つの団体の指揮者は、1982年の三商大復活の演奏会の合同演奏(リストのレクイエム)の4人のソリストのうちの2人。メルクールの指導をされていた増田順平先生が日本合唱協会の精鋭を集めたとの触れ込みで、セカンドを取られた金川先生のピタッとつける和声感覚のすばらしさに驚嘆した記憶が蘇った。
私は普段はどちらかといえばクラシックをオールラウンドに聴くが、最近はモーツァルトを聴くことが増えている。中でも2つの協奏交響曲とピアノ協奏曲がマイブームで、先ごろ引退を表明したポルトガルの女流Maria Joao Piresの旧録音、内田光子女史がイギリス室内管弦楽団といれた旧録音と最近のクリーブランド管との弾き振り、旧東ドイツのAnnerose Schmidtとマズアの録音など、協奏交響曲では弦管の名手の珍しい録音をとっかえひっかえしながら、CDとアナログレコードの再生(収集?)にはまっている。このほか、集めるでもなく音盤が溜まってきたのが、バッハのロ短調ミサと無伴奏バイオリンソナタ・パルティータ、シューベルトの弦楽五重奏ハ長調と、同じくハ長調のグレートなどで、再生リストの上位を占める。歌ものは普段は女声ボーカルに偏ってるなあ。
最後にもう一度本題のポリフォニーについて。ルネサンス音楽は非常に奥が深く、そこからさまざまな時代の音楽につながっていくのが面白い。聴くのも楽しいが、歌ってみることでさらにその魅力に触れることができる。機会をみて、六甲でも何ができるか考えていきたいと思っている。
古川方理 B2/団内指揮者